「輸出スカーフ」の研究が、地元産業の新たな発信のきっかけになればと思います。

横浜は、19世紀後半から生糸の輸出で栄え、シルク製品の捺染(なっせん)技術の高さでも、世界的に知られる地でした。20世紀前半は、関東大震災や第二次大戦大空襲の被害により痛手を受けましたが、その苦難を不屈の精神で乗り切り、戦後の景気回復の波に乗って、横浜のスカーフは世界中に輸出されました。山﨑稔惠教授が取り組んでいるのは、当時施行された意匠登録認定制度によって、横浜の輸出スカーフに義務づけられていた実物サンプルの調査です。今日、横浜市に残されたスカーフの数は、約11万点余。
「台帳とともに残っているのは、世界的にも稀有なことで、多種多様な意匠は『時代の証言者』ともいうべき魅力を有しています。中でも昭和30年代のものは、社会情勢や人々の暮らしを映した意匠が多く、新しい時代の息吹や愉しみが伝わってきます」。
この研究を通じて、ものづくりの姿をみたようだと語る山﨑教授。「スカーフを再認識することで、地元の産業が新たな発信のあり方を模索するきっかけになればと思います」。

Profile

人間共生学部共生デザイン学科 山﨑 稔惠 教授(やまざき としえ)

神奈川県生まれ。関東学院女子短期大学を経て、関東学院大学へ。服飾美学などが専門で服飾を美学的、歴史的に考察する。輸出用スカーフの研究・データベース化を、横浜市工業支援センターの依頼でスタートし、現在は自身のライフワーク。

※ 所属、学年などは、全て取材当時のものです。